2010.7.16更新

第25回:シトロエンHバン/ソリド (1/21)
かつてのフランス映画や雑誌の写真によく登場したクルマのひとつとして、「シトロエンHバン」は記憶に残っている。 なかでも、独特の「ピーポーピーポー」と高い音を奏でる警察車両に強い印象を受けたものだ。 また、私にとっては昔の仏・デンキー社のダイキャストモデルとしておなじみのものである。
「Hバン」は日本でも一時期、三菱が輸入したので、高輪の三菱の駐車場で見たことがある。 長さの割りに幅と高さのあるボデー(全長・4,278mm X 全幅1,997 X 全高2,340)は、かなり大柄に思えた。 いまでもこの「Hバン」はモデルの世界で人気が高いらしく、仏エリゴール・独シュコー・マカオIXOから新製品がぞくぞく登場している。 実車でもいろいろな作業車両に使われていたので、それらを再現するだけでもかなりのバリエーションを生み出せそうだ。
今回のモデルは仏・ソリドの1/21。 このところのソリドは仏の工場を廃止して、オーナーも転々としてなかなか日本に入ってこなくなってしまったが、仏では相変わらず「Hバン」のバリエーションが出ているようだ。 私のものは倉庫に雪が侵入して、長い間気づかずに濡らしてしまい表面にぶつぶつが出来てしまった。 残念だけれども、やつれた姿もまた実車らしいと言うことにしている。 一緒に映っている、エッフェル塔の独楽はパリのポンピドー・センターのミュージアムショップで買ったもの。

第24回:グレイハウンド・バス/ブリキ製 (日本製)
「グレイハウンドバス」はカナダからメキシコまで、北アメリカを代表するバス会社である。 映画などでもおなじみのこのバスは、サイドにグレイハウンド犬が描かれ、1913年に誕生して以来、100年近くの歴史を誇る。 グリースのお客様にも、若い頃仕事で、全米をグレイハウンドバスで飛びまわっていたとおっしゃる方もいた。  
今回ご紹介するのは、そのグレイハウンドバスで、おもちゃメーカー不詳の日本製ブリキ製品である。 実車のバスは、GMが1959年にニュールックバスとして登場させ、1986年までの長い間作られていた。 「フィッシュボウル(金魚鉢)」の愛称で親しまれていた。 
このおもちゃは、窓に運転手や乗客が美しくプリントされた3ピースのブリキボデーに、フロントスクリーンとして別パーツのプラスティックが使われている。 後輪にはブリキのクルマに定番のフリクション機構が組み込まれている。
1970〜80年代頃の製品か、ボデーの後部に小さく「Made in Japan」とはいっている。
ちなみにこのバスは、数年前にパリの「レトロモービル」に出ていたおもちゃ屋さんで見つけて、そんなに高価ではなかったので購入したもの。(全長、27、5cm)

第23回:骨董市で・・・/ディズニーランド・モノレール (Schuco)
私はとりたてて骨董好きではない・・・。 しかし、時間があえば骨董市や蚤の市を冷やかしに行くのは大好きだ。 出展者のなかには思いがけなくおもちゃやミニカーがあったりして、暇つぶしには最適なところだ。
今回、紹介のおもちゃはそんな骨董市で見つけた、シュコー製のディズニーランド・モノレール。 西洋雑貨を扱っていた出展者のタタキに転がっていたジャンク品だ。 これはシュコーが1/90で製品化し、1961年から68年にかけて販売していたもの。
このモノレールは、1959年夏にカリフォルニアのディズニーランドに導入されたもので、西ドイツ(当時)製のALWEG-MONORAILをモデルとしている。 このシュコーの基本セットにはモーターで動く、3両編成のモノレールとレールなどが入っていた。 数年前、都内のお店でこのセットを見かけたが、結構なお値段で販売されていて、触手が動いたものの、その時に持ち合わせも無く残念ながら諦めていた。 モノレール本体はブリキ製の下回りとプラスティック製のボデーで構成されていて、特にメカニズムはいかにもドイツ的な精巧なものになっている。 当然、コレクターやファンがいるらしく、『YouTube』を覗くと快走するシーンを見ることができる。 
私のものはモノレールの2両分だけ、このまま展示するにはちょっとかわいそうなので、ジオラマ仕立てにしてみた。 イメージは『マイ・ディズニーランド』。 ベニヤ板をベースに発泡スチロールで崖を形作り、トンネルからモノレールが出るくるところを・・・。 仕上はアクリル絵の具を塗り重ね、レールの支柱にはNさんからもらったミッキーマウスのフィギュアーをあしらってみた。 池はもっとダークな色合いの方がモノレールが映りこんで効果的だったかもしれない・・・。

第22回:SAMURAI BLUE 2006 (HERPA・JALUX 1/400)
まもなく、「FIFA・サッカーワールドカップ・南アフリカ大会」がはじまる。 今回の日本代表イレブンの実力は、どのくらい世界に通用するのだろうか。 今の代表チームには核となるプレーヤーが見当たらない。 中村俊輔もケガがちだし、はたして救世主は現れてくれるのか・・・? 本当にだいじょうぶなのか・・・?。  
むかし、むかし、野球少年だった私がサッカーに注目するようになったのは、「1968年・メキシコ・オリンピック」で日本が3位になった頃から。 高校の授業で、サッカーをチラッとかじったりして。 当時は三菱重工の、そして日本代表のFW杉山隆一が好きだったことも・・・。 さらには、マイナーなスポーツ、サッカーのゲームを楽しめたのが東京12チャンネル(現TV東京)の「ダイアモンドサッカー」。 前回、2006年ドイツ大会は日本でも結構な盛り上がりを見せ、連日の大報道がなされていた。 多くの人が深夜のテレビに噛り付いたのではないだろうか。 関連グッズも多種多数が販売されていた。 当然、イタリアのブルムからは優勝記念のミニカーがリリースされていた。  
今回紹介するものは、「2006年ドイツ大会」の日本ティームのオフィシャルエアラインとなっていた、日本航空が飛ばした「SAMURAI BLUE 2006」を機体に描いた飛行機をモデルにしたもの。 JALUX(JALの子会社)が「HERPA」に作らせたボーイング767−400と777−300ERの1/400モデル。 ダイキャストの機体にそれぞれキャンペーンのイラストがタンポ印刷されいて、パッケージも専用のものとなっている。 これらはワールドカップの熱気にあおられて入手してしまった。 今回の南ア大会ではどんなものが出て来るのか、別の意味でも楽しみとなっている。 すでにコカコーラのボール型ペットボトルがスーパーに並んでいるようだが・・・。

第21回:COW BUS (COW PARADE)
WESTLAND GIFTWARE製品

今回はミニカーや乗り物を離れて、陶器のオブジェを紹介しようと思う。
題名に書いた「カウパレード」とは、1998年夏、スイス・チューリッヒを皮切りに始まったワールドワイドなアートイベントであるらしい。 イベント自体はアーティストや一般市民が、等身大のグラスファイバー製の牛にペインティングや造形を施し展示するもので、毎年シカゴ・ニューヨーク・ロンドンなど世界を巡り、そして東京でもすでに3回開催されているという。(最近では2008年9月・・・) その「カウパレード」開催のたびに、それらのミニチュア・フィギュアーが作られ販売されていて、日本でも買えるようになっている。 
今回ご紹介する「カウ・パレード」のフィギュアーは以前、イタリア・ミラノに行った時に購入したもの。 地図を片手に、ミラノのミニカーショップめぐりをしながら、ウィンドーショッピングをしているとき、とあるお店に飾られていたものだ。 そのときは「カウ・パレード」についての知識も無く、陶器の牛にロンドンバスが描かれているという面白さに、購買意欲を刺激されてしまった。 「牛」は私の干支でもあるし、ロンドンバスは大好きなので、「旅先で”ピピッ”ときたものはできるだけ買う」という(私の)鉄則に則ってのことだった。 
この「COW BUS」は、2002年イギリス・ロンドンで開催された時に製作され、トラファルガー広場に展示されたもの。 テキスタイルデザイナーであり画家でもある「アナベル・チャーチ・スミス」の作品。 前述のように、陶器製の牛に赤いロンドンバスがペインティングされている。 中国製で、大きさは全長16cm、高さ9,5cm。

第20回:ハワイみやげ/ミッキーとミニーのミニカー
(PRIDE LINES LTD製品)

内心、「ハワイなんて」と思いながら出かけたハワイ。 さすが、世界的な観光地、美しい自然とゆったりとした時間の流れが大変魅力的なだった。
今回紹介のおもちゃはそんな10年以上前のハワイでみつけたもの。 ワイキキから車で30分くらいの海沿いの街で、昼食後の散策中に見つけたおもちゃ屋に置いてあったものだ。 そこにはディズニーなどのキャラクタートイや一時期日本でも見かけた中国製のブリキのおもちゃがゆったりと並べられ、陽光あふれるちょっとおしゃれなお店だった。 そんな店内に置かれた独立したショーケースに飾られていたのが、ニューヨーク州・リンデンハーストにあるトイ・トレインのメーカー「PRIDE LINES LTD」が出していたディズニーキャラクターの乗った自動車やバイク。 ちなみにこの会社は今でも「MADE IN USA」をうたい文句にしている。 そのショーケースから、ミッキーとミニーの2台を選んで購入したのが今回のミニカーだ。 これを見ると1個60〜70ドルと結構な値段をしていたこと思い出す。 このクラシックカーのボデーは、以前、流線形の車を紹介したアメリカ「MANOIL」社の型を復刻流用したと思われるもので、そこにミッキーやミニーのお人形を乗せている。 亜鉛ダイキャストにカラフルな塗装が施されていて、とてもかわいらしいものだ。 ただし、出来そのものは精密さとは距離を置いたそれなりのものだ。 他にもグーフィーやドナルドダックのものもおいてあった。 更にはもう少し大きなサイズのドナルドが乗ったサイドカーもあったのだが、価格が150ドル位したので諦めただが・・・、今では買っとけばよかったと思っている。 この2台はわが家の居間にずっと飾ってあり、それだけ、愛着が大きいのかもしれない。  ボデー裏には「PRIDE LINES LTD」と「MADE IN USA」の刻印が誇らしげに入っている。

第19回:1970年・大阪万博/モデューロ (レッドライン 1/43)
1970年3月、「人類の進歩と調和」をテーマに開催された、大阪万国博覧会から40年が経った。 あの頃は毎日のようにテレビや新聞で大々的なキャンペーンが繰り広げられていて、わたしも2回ほど万博見学に行った。 
最初に行ったのは春休み。 大阪出身の学友を尋ね、いっしょに万博めぐりをした。 彼の実家が食堂をやっていたので、お世話にんなった。 この時はじめて関西風のうどんを食べ、とても美味しかったことが今でも思い出される。 
二度目はその年の夏休み。 行きは新幹線、帰りは夜行バスの強行日程で、その目的は「イタリア」館。 カーグラフィックに掲載されていたピニンファリーナ・デザインの「モデューロ」を見に行く為だった。 この「モデューロ」は途中から展示に追加されたもので、春に来た時には無かったものだ。 まだ、「スーパーカーブーム」の前で、海外のコンセプトカーが日本で見られるのは大変珍しく、どうしても見たかったので、わざわざ出かけていった。 
「モデューロ」は1970年のジュネーブ・ショーで発表され話題となっていた。 デザインを担当したのは、当時のピニンファリーナのデザイナー、「パオロ・マルティン」。 モノの本によれば、ごく短期間でデザインされたそうで、フェラーリ512Sをベースに、特徴はサイドビュー。 フロントからリヤにかけてコンパスで描いたような半円にデザインされている。 それまでにない構築的な造形をクルマとして成りたたせた優れたデザインであると思う。 このクルマのミニカーは当時イタリアの「メーべ・トーイ」から出ていて、わたしも濃紺のものを所有している。
今回紹介するミニカーはレッドラインから、数年前に出た1/43レジンモデル。しかも、ジュネーブショーに登場した時のブラックと大阪万博のときに塗りかえられたホワイトの2色が相次いで発売され、さらには1/87モデルまで登場している。
ちなみにバックにある岡本太郎氏の「太陽の塔」は当時の農協の景品。

第18回:「MINI」にちょっと加工 (HONGWELL 1/43)
70〜80年代、ロータスのF1はその先進デザインとともに黒いボデーに金色のストライプとレタリングをまとい、シックでありながらなおかつ速かった。 当時は今のようにあらゆるところが「禁煙ゾーン」ではなかったので、タバコの広告も堂々と打てたし、F1ティームにとっては有力なスポンサーであった。 そのタバコ・スポンサーを最初に導入したのがティーム・ロータスであり、赤と白の「ゴールド・リーフ」のスポンサーカラーはそれまでのナショナルカラーを葬り去った。
わたしはタバコを全く吸わないが、旅行のおみやげで父に「JPS」のボックスをワンカートン買ってきたことがある。 この黒に金文字で「JPS」と入ったタバコ・パッケージは、デザインとしても高級感にあふれる優れたものだった。
さて、今回のモデルはホンウエル製のモデルに「JPS」デカールを貼ったマイ・オリジナルミニカーである。 ホンウエル製品は、最近ほとんど見かけなくなってしまったのが残念だが、安価なのでこういった個人的な楽しみに使うにはピッタリのミニカーだと思う。 「JPS」のデカールは某トイマーケットの片隅にあったセール品。 手近かにあったMINIを「JPS]カラーに仕立てようと思いたった。
まず細かい番手の耐水ペーパーで、必要と思われるプリント以外のマーキングを丁寧に消して、その上でデカールを張ってみた。 最後には水性のスプレーでクリヤーを吹いて仕上げている。 量産のミニカーでは、もはやタバコ・マークは不可能なので、たまにはこんな休日の軽作業で遊ぶのもなかなか楽しい。
最近はデカールのセール品を見ると、「これはあれに使えるかな?」と、つい手が出てしまう。 デカールは、あまり古くなると使えないものが出てくるので注意が必要だが・・・。

第17回:ガストン・ラガフ (PIXI)
2月のパリは足元から底冷えがしてとても寒い季節。 数年前までは、この寒いパリを目指して何回か足を運んでいた。 丁度、この時期に開催されるイベント、古い車のお祭り「レトロモービル」を見るために・・・。 
この「レトロモービル」はとっても面白いイベントで、ミニカー好きやおもちゃ好きには堪らないところだ。 おもちゃも古いものから日本のフィギュアーまでいろいろある。 イベントを満喫していると、懐がどんどん寂しくなっていくところがこまりものだが・・・。 パリの学生街であるサンジェルマンあたりは、日本のマンガが平積みされている大きな本屋さんがあったり、ちょっと入った裏通りには面白雑貨やエスニックなものを売るお店があったりして、おもちゃ屋めぐりとは別の楽しみが見つけられる地域でもある。 
今回の『ガストン・ラガフ』のフィギュアーもマダムが一人で切り盛りしているようなお店で見つけ、ご覧のようなゆるさが気に入って買ったものだ。 
最近まで、これはタクシードライバーのフィギュアーとばっかり思っていたのだが、いろいろ調べてみるとベルギーのアンドレ・フランカンが、「スピルー」というマンガ雑誌に1957年から連載している、ヨーロッパ圏では大変有名なマンガであることが判明した。 そしてやんちゃな主人公、『ガストン・ラガフ』の愛車が『フィアット509』というクラシックカー・・・。 『フィアット509』は1925年から29年まで9万台が作られた小型車のヒット作。 そして、このマンガでは重要な脇役としてギャグの一つとなっている。 全長10cmくらいの『フィアット509』は、とても重く(たぶん鉄の鋳造品)、 マンガと同じようにペインティングされ、主人公の『ガストン・ラガフ』が乗っている。 その他に進入禁止の標識も付属していた。 これは「PIXI社」が2003年に2000個限定で作ったもので、他にアンドレ・フランカンのサインいりカードが同封されていた。

第16回:ティレルP34 (サクラ 1/43)
最近、レーヴ・コレクションより1/43、「ティレルP34」の素晴らしいモデルがシリーズでリリースされ、よく売れている。 この特異な「6輪F1」の人気はまだまだ高いようだ。
1976年、富士スピードウェイで開かれた「F1・日本GP」は、F1の歴史に残るレースであった。 ニキ・ラウダとジェームス・ハントによるチャンピオン争いが、富士に持ち込まれていたのだ。 当日は激しい雨となり、レース早々にラウダはみずからマシンを降り、レースを放棄。 レースはロータスのマリオ・アンドレッティが優勝し、ハントが3位にすべりこんで、見事ドライバーズ・チャンピオンに輝いたのだ。 シェクターの駆る「ティレルP34」は着実なドライブで5位に入っていた。 このレースの終盤には嘘のように晴れて、激しい雨の後、夕焼けに輝く富士スピードウェイはとても印象的であった。 
このレースは私にとっても実際のF1レースを見た初めての経験であった。 いまは無い「毎日グラフ」(毎日新聞社発行)の懸賞に当たり、スタンド券で見に行ったものだ。 ちょうど目の前がティレルのピット。 そのボデーに書かれた有名なカタカナの「タイレル」の文字が見えたかどうかの記憶は無い・・・。  
「ティレルP34」のモデルは時々再発売される。 1/12タミヤの傑作プラモデルをはじめ、いろいろと出ているが、今回紹介のモデルというよりはトイに近い。この「P34」は、当時のスーパーカーブームに乗って登場した、「サクラ」のもの。私がなぜランボルギーニやフェラーリではなくこれを買ったのかは、もはや覚えていない。 なにか晴海のイベントで買ったような・・・?。 
「サクラ」は米澤時代のダイヤペットの製造メーカーの一つらしく、スーパーカーブームに乗って、さまざまなイタリアの人気車種を作っていた。 ダイキャストのボデーに、プラスティックのエンジン、紙製のシールによるナンバーなど、いたってシンプルな成り立ちではあるが、プロポーションなどは「P34」の雰囲気を良く伝えているものだ。

第15回:ダグラス DC-4 (JULX ・HERPA 1/500)
日本航空が経営上のダッチロール状態に陥って先の見えにくい展開になっている今日このごろ。
わたしの手元に一枚の写真がある。 4月の陽を浴びてまぶしそうなわたしのバックには、日本航空の『ダグラスDC-4』が・・・。 場所は羽田空港。 今は亡き、写真好きの父のストックの中からこの写真を見つけたときには、大変懐かしい思いがしたものだ。 この写真は父の自転車の荷台に乗って、対岸の羽田空港まで行って撮ったとかすかな記憶が残っている。 今思うと実にのどかな時代で、こんなに飛行機の近くまで入っていくことが出来たなんて・・・。
日本航空の『DC-4』は、1951年ノースウエスト航空に委託運行する形で、戦後初めて運用した旅客機のうちの1機で、その後6機の機体を1965年まで使用した。 全て中古の機体なのに信頼性は高かったが、与圧機能も持たず、その後の「DC-6」の国内線転用に伴い退役していった。 『DC-4』は名機と呼ばれた「DC-3」の後継機として1942年に登場。 戦争中は軍用輸送機「C-54スカイマスター」の名で1,000機以上が活躍していた。
今回紹介するモデルは、昨年(2009年)JALUXから再発売された、ヘルパ製の1/500スケール。  数年前に「JAL永遠の翼シリーズ」として発売されたが、わたしは買い逃してしまい、いろいろと探しまわったが手に入れることができなかったが、昨年念願が叶ってようやく手に入れることが出来た。 しかし残念なのが、パッケージには『ボーイングDC-4』となっている。 近年ダグラスがボーイングに買収されてしまったとはいえ、”それはないでしょう・・・”という思いが今でもつきまとっている。

第14回:大ベストセラー/バットモービル(CORGI #267)
わたしが少年時代、テレビでは実に多くのアメリカをはじめとした海外のドラマやアニメーションが放送されていた。 アメリカの人気コミック・『バットマン』も1966年からアメリカ「ABC-TV」でドラマとして制作され、日本でも放送されていた。
『バットマン』は当時の人気の「スーパーマン」などと違って、「こうもり男」らしく夜のシーンが主体なので、どうしても暗いイメージがつきまとう。 そんな中『バットマン』や『ロビン少年』の活躍以上に、彼らが乗る【バットモービル】のかっこよさに心おどらせていたものだった。 このTV版に登場する【バットモービル】は、フォードが1955年のショーカーとして発表した「リンカーン・フューチュラ」をベースに、ホットロッドや映画の劇中車のデザイナーとして有名な「ジョージ・バリス」がデザインしたもので、実車は現在も存在している。
今回紹介するモデルは英国コーギー社が1966年に発売した、『バットモービル』の初期タイプ。 このシリーズは他のバリエーションと共に、1979年まで作られ、実に490万個以上が販売された。 同じコーギー社の「007・アストンマーチン」と共にミニカーの大ベストセラーとなっていた。 このモデルは当時全盛期のコーギー製品らしく様々なギミックを備えている。 『バットマン』と『ロビン』のフィギュアーをはじめ、フロントからはのこぎりが飛び出し、リヤからは排気ファイヤーが出たり、ロケットの発射口からは実際にロケット弾が発射できる。 気に入っているところは、独特の質感をもたらしている、半つや消しのブラック塗装。 この点で最近のマテル製品にはない存在感をもたらされている。 パッケージのデザインはコミックのイラストをあしらった、車も展示できるようになるとても良い雰囲気を持つすばらしいものである。 トータルに見て英国製量産ミニカーの真髄をいまに伝えてくれるモデルのひとつと言えるだろう。

第13回:初期の流線形自動車
 /A.L.F.A. 40/60cv RICOTTI (RIO 1/43)

今回のモデルはイタリアRIOの『アルファ 40/60cv・リコッティ』。
実車は1914年にマルコ・リコッティ伯爵の依頼により、当時のスポーツカーであり、またレースカーでもあった『アルファ40/60馬力(まだアルファ・ロメオになる以前)』をベースに、「カロッツェリア・カスターニャ」がトルペード型・流線形ボデーを架装したものだ。 最高スピードは139Km/hを記録している。 現在発売中の「SOLO ALFA #8」 (二玄社 2009年12月現在)に、このクルマのリビルトの様子が掲載されている。
RIO社は1962年にスタートしたイタリアのミニカーメーカーで、現在はアートモデルやベストモデルを持つ「M4」のブランドのひとつとなっている。 スタート当初からクラシックカーを中心に、ダイキャストボデーにプラスティック、金属、皮などの素材を複合的に組み合わせた、先進的なモデル作りを得意としていた。 その分、取扱いには特に注意が必要で、価格も当時としては他のものと比べて高価なものであった。 このリコッティモデルは長い期間にわたって作られていて、近年までカタログ・モデルとなっていた。 バリエーションとして、他にオープンボデータイプがリリースされていた。 
「流線形」が大好きな私としては、ユニークな形にひかれてコレクションに加えたのであった。 このモデルは初期のもので、特にパッケージデザインが当時のイタリア・グラフィックデザインの先進性を反映したすばらしいものとなっている。 私にとって、当時のRIOのパッケージは、数あるミニカー・パッケージの中で、ベスト・デザインだと思っている。 グラフィカルなパッケージやイラストレーションの入ったパッケージは、なかなか捨てがたい味わいをもっている。

第12回:スーパーカー/ランボルギーニ・ミウラ(ソリド 1/43)
1974〜78年、我が国ではスーパーカーブームが巻き起こった。 マスコミにも大々的に取り上げられ、とくに子供達には大きな影響を与えていた。 スーパーカーショーのようなイベントや消しゴム、もちろんミニカーなど、グッズ類も数多く販売されいた。 環八沿いにある「オートロマン」や横浜の「SEASIDE MOTORS」などは、私も側を通るたびにどんなクルマが展示されているか興味をそそられたものだった。
その頃の主役はランボルギーニ・カウンタックやフェラーリBBなどであったが、今回のランボルギーニ・ミウラも結構人気が高かった一台である。
ミウラは65年のトリノ・ショーに裸のシャシーのまま展示されて衝撃を与えた。 ミッドシップに横置きのV12気筒エンジンなど革新的なエンジニアリングは当時のフェラーリを超えていたと思う。 
1966年3月のジュネーブショーには、そのコンセプトのシャシーにベルトーネが流麗なスタイリングのボデーをデザインし、希望者から予約が殺到したとのことである。 ベルトーネのチーフスタイリストは当時就任したばかりの天才マルチェロ・ガンディー二だった。 
このソリド製のランボルギーニ・ミウラは、その時代(1968年)に発売されたものとしてはポリトーイのものと並んで傑作の呼び声が高いものである。 優れたプロポーションのうえに、フロント、リアフード、ドアの開閉というギミックも備えられている。 ボックスも箱の2箇所にタイヤが入る穴をあけられていて、展示台にもなるというもので、日本語でもソリドのキャッチフレーズが刻まれている。 
最近ではミニチャンプスから数多くのミウラのバリエーションがリリースされている。 ミニチャンプス製品は私には「クール」すぎて、このソリド製品を超えるという印象は受けていない。 ちなみに、このソリド製品にもカラーバリエーションが存在する。(1968年発売)

第11回:またいつの日か!/「トヨタTF-102」(ダイヤペット・1/20)
2002年にはじまったトヨタのF1活動もとうとう終焉を迎えてしまった・・・。
今年の前半からトヨタもF1を撤退するかもしれないというニュースが流れてはいたが・・・結局残念な結果になってしまった。 時代の変化が決断の先送りを許さなかったのか・・・?。
トヨタF1ティームの活動は8年間。 とうとう表彰台の一番上には上がれなかった。 結局のところティームをコントロールするトップ・マネージメントの不備から来ているのではないかと私は思う。 それは去年撤退したホンダにも言えることだが・・・。 
これから、日本のモータースポーツファンにとっては、つらい時代を過ごさなければならないのだろうか?。 でも、むかしのF1のようにプライベート・ティームが活躍する素地が生まれるのかもしれない。
2002年デビュー・イヤー、トヨタTF102は「ミカ・サロ」が初戦オーストラリアGPで堂々の第3位。 さらに第3戦ブラジルGPでも第3位とポディウム(表彰台)に次々とのぼり上々のスタートを切って、大きな期待を抱かせるものであった。
  しかしながら、その後失速。 結局、獲得したポイントはこの2戦のみで終わってしまったのが非常に残念だった。
今回紹介するのは2002年ブラジルGPで3位に入った、「ミカ・サロ」のTF−102をレジン製・1/20スケールで、あのダイヤペット(アガツマ)が発売したモデルである。 ケースつきの100個限定としてリリースしたもので、バリエーションの計画もあったようだが、この1点で終わってしまった。 このモデルはエンジンレスのディスプレー・モデルとなっている。
私にとっては当時トヨタF1デビューの熱気にあおられたなかで購入したモデルであった。 また、いつの日かトヨタF1がなんらかの形で復活して欲しいと思う今日この頃である。
ひょっとしたら次は内燃機関ではないのかも・・・?。

第10回:1934年の未来の車/「ロケット」(マノイル・1/40)
アメリカ・ペンシルバニア・10月。 ゆったりとした塀の無い家々の玄関にはハロウィンの飾り付けが見られる。 ニューヨークのダウンタウンから緑豊かな風景の中をクルマで2〜3時間走るとチョコレート菓子で有名な、 その名も『ハーシー』の町がある。  ここでは毎年10月、東海岸最大の「オート・ジャンブル」が開催されている。 それは駐車場や牧草地に繰り広げられる「クラシックカーの一大祭典」である。 それこそT型フォードのボデーからさびた部品の数々、もちろんピカピカにレストアされた車も出品されている。 自動車好きにはいつまでいても飽きないイベントであることは間違いない。 機会があれば、ぜひ一度訪れることをお奨めする。 ・・・しかし、雨が降ると足場がわるいので長靴が必需品かも・・・。
今回のモデルはそのイベント会場で購入した、アメリカ・マノイル社製ダイキャストモデルである。 マノイル社は1934年からモデルカーを作り始め、10数種類のモデルカーを生み出し、戦後はミリタリー・フィギュアのメーカーとして、多くの製品を生み出している。 
このモデルはティアドロップの形状が特徴の『ロケット』と呼ばれるもの。 実車を模したものではなく、1934年・日本ではタバコ「ピース」のデザインで有名なアメリカの工業デザイナー・『レイモンド・ロウィー』が発表した、「自動車の発展」という論文に掲載されたイラストレーションに基ずいているものだと考えられる。 後の時代のテールフィンやワンボックスカーの出現を予言したようなアイデアであった。 あるブースでこれを見たときに、どこかでそのイラストを見た記憶が蘇り、塗装は完全ではなかったものの、 ぜひ買わねば・・・と購入したのだった。 
モデルの構成はいたってシンプルなワンピース・ボデーが単色でカラーリングされている。 2本の車軸に四つ車輪がつき、イラストに忠実なモデルとなっている。 1945〜46年頃に作られたということ。 サイズは全長16cm。

第9回:日野コンテッサ900スプリント
         (大盛屋チェリカフェ二ックス・
1/40)
日野自動車は現在トヨタグループのトラック・バスメーカーなのはご存じのことだろう。 日野自動車は戦前から活動してきた歴史あるメーカー(ルーツはいすゞ自動車と共通)だが、1953年フランスのルノー公団と提携してルノー4CVをライセンス生産し乗用車の礎を築いた。 私は幼い頃このルノー4CVを白タク(個人でのヤミ営業タクシー)として利用した記憶が残っている。
今回ご紹介するのは、その日野自動車が1963年の東京モーターショーに展示した、『日野コンテッサ900スプリント』。
ルノーの流れを汲む「コンテッサ(リヤエンジン・リヤドライブ)」をベースに、当時の売れっ子イタリア人デザイナー、【ジョヴァンニ・ミケロッティ】がデザインしたクーペボデーを載せ、1972年のトリノショーでデビューし、イタリアのデザインコンテストで入賞もしている。 日野自動車はこの車をイタリアで生産して、ヨーロッパで販売する計画を立てていましたが、結局実現するには至らなかった。 実車は現在でも、八王子の日野オートプラザに展示されていて見ることが出来る。
さて、モデルは現在のダイヤペットの基となっている「大盛屋」チェリカフェ二ックス・シリーズの1台。 このシリーズはミニカーの一般的な素材である亜鉛ダイキャストではなく、今では一部のメーカーでしか取り入れられていないアンチモニー素材のもの。 成形したアンチモニー・ボデーをメッキ処理後、メッキ表現の部分をマスキングして塗装するという、初めての製法を導入したものでしたが、大量生産には向かないものだった。
このスプリントは実車の流麗なスタイリングを良く捉えたもので、スケールは他のメーカーに対抗して少し大きな1/40。 リヤエンジンフードやフロントトランクが開閉するアクションを持つのが特徴。 7色のカラーバリエーションが存在し、当時の価格で370円。   (製品番号PHE−34/1964年9月発売)

第8回:最近のお気に入り・ディズニーリゾートクルーザー(タカラトミー)
ある骨董市で見かけてちょっと高いなぁと思ったけれど、結局買ってしまったのが今回紹介する『ディズニーリゾートクルーザー』。  
実車は東京ディズニーランドと舞浜駅やホテル間を周回するバスで、日野レインボーバスを改造したものである。 1950〜60年代のアメリカ「グレイハウンドバス」の面影を宿したレトロなスタイルとカラーリング、さらにはミッキーマウスをシルエットにあしらったディテールなど、なかなか可愛いいデザインのバスだ。
製造はタカラトミーでトミカサイズ(1/126)となっている。
このミニカーは人気が高いらしく、定番商品として長い間販売されている。 もちろん現在も購入可能である。
さらには、クリスマスやハローウィンなど、シーズンやディズニーランドのイベント毎に新作がリリースされていて、まったく目が離せない・・・ということで、見つけるたびについついと手を出してしまう、最近お気に入りコレクション・アイテムとなっている。
そしてこのミニカーにはまったおかげで、シーズンごとの舞浜詣が欠かせないものとなってしまった。 なにしろ、舞浜に行かないと買えないものなので・・・。
この『リゾートクルーザー』にはこの他に、「ぬいぐるみ」や「キャンデーボックス」、「プルバックタイプ」まで、さまざまなアイテムが次から次へと登場するので、その都度つい手を出してしまうありさま。
これからもまだまだ新製品がリリースされそうで、私のコレクションもどんどん増えていきそうだ。 
なお、今年の『東京モーターショー』でも実車が展示される予定だ。

第7回:「ウォレスとグルミット」・ サイドカー(AIRFIX 1/12)
「ウォレスとグルミット」といえばイギリスのアードマン・アニメーションズが手がけるアニメーション・シリーズ。 「NHK BS」で見て、なつかしさとイギリス風のユーモアがおもしろく、放映のたびに見てどんどんファンになっていった。
アードマン・アニメーションズは、日本の『スタジオ・ジブリ』、アメリカの『ピクサー』とならぶ世界を代表するアニメーションスタジオである。 そのアニメの最大の特徴はクレイ(粘土)を使いストップモーションで撮影するというもの。 映像はシーンごとにクレイのパーツをとっかえひっかえしながら撮影して行くという、 気の遠くなるような作業を経て完成させている。 
「ウォレスとグルミット」は発明家ウォレスとビーグル犬グルミットが活躍するコメディー。 ニック・パーク監督が卒業制作でつくり始めた1985年「チ-ズホリデー」を皮切りに、 今までに短編3作・長編2作(今年も夏に新作が公開された)を発表し、そのうち4作品が アメリカでアカデミー賞を受賞している。
今回のモデルは、その第3作 「ウォレスとグルミット・危機一髪」(1995年製作)で疾走する、 サイドカーのプラスティックモデル。 ちなみにこのアニメもアカデミー賞を受賞している。
このキットは英国「AIRFIX社」より発売され、トライアンフをモデルにした単気筒バイクと船のサイドカーにウォレスとグルミットのフィギュアーがセットされていた。 本国版は塗料(ハンブロール)に接着剤や筆も付いており、そのままで完成させられるフルキットでリリースされていた。 しかし、この日本向けはそれらが含まれないプラキット本体だけであった。 この英国版キットは現在でも現地では購買可能。
写真は私がこのキットを素組したもの。 アニメ作品ということでゆるさを求めてボデーなどはタミヤ・エナメルカラーの筆塗り。 素材の関係なのか、塗料の食いつきが非常に悪く、マスキングが出来ず、塗り分けには大変苦労した。 色合いはパッケージ写真をもとにやや渋めの色味とした 個人的には良い雰囲気を持ったキットだなア〜と思って大変気に入っている。

第6回:バービー人形50周年記念 
      フェラーリ・バービー&フェラーリF355(マテル)

アメリカを代表する人形「バービー」が、今年で誕生50周年を迎えた。 それを記念してマテル社はドイツ・ニュールンベルグ・トイショーで盛大なパーティーを開催した。 実はこのバービー人形、初期のころのものは日本で作られていたことを皆さんはご存知だろうか? 
顔の原型は日本人の手によって造形され、ウエアーはマテル社の女性デザイナーが日比谷の「帝国ホテル」にミシンを持ち込み、長期間にわたり滞在してデザインに没頭していたのだ。
さらに、家具類は日本人ならではの職人芸が生かされたもので、その出来栄えは世界中で高い評価を受けていた。 ちなみに、この商品は今では大変貴重なものとなっているらしい。
これらの生産を日本で請負ったのが、『IXO』や『スパークモデル』などミニカーの輸入代理店となっている老舗メーカー『国際貿易』である。 当時「ミルク飲み人形」がブームになり、いろいろメーカーから挙って発売されていた。 その中でも国際貿易製の「ミルク飲み人形」の出来の良さがマテル社・幹部の目に留まり、白羽の矢が立ったらしい。
現在でもバービー人形に関する書籍がコレクター向けに多く出版されている。 発売から50年経ってもその人気は相変わらずだ。 発売当時のオリジナル・バービー人形ともなれば、オークションで100万円を超えるものものある。 もはや”おもちゃ”ではなくて、芸術品の域に達してている。
発売当初からバービー人形のラインナップには、アメリカらしくクルマなどの乗り物も多くリリースされてきた。 今回ご紹介するコレクションは、バービー人形とフェラーリがコラボレーションしたものだ。 クルマはフェラーリF355(全長50cmのオールプラスティック製)で、ちゃんとバービー人形が乗れるようになっている。 もちろんシートベルトもきちんと2人分(2体分)用意されている。(2000年製)
人形の方はフェラーリとの「コラボもの」として5種類リリースされたうちのひとつ、「フェラーリバービー・ゴールドラベル」。 赤いコート(裏地にはフェラーリのマーク)とブーツを身にまとい、アクセサリーにも跳ね馬マークが入ったもので、台座はなんとフェラーリ仕様の皮革製となっている。(2005年12月発売)。

第5回:夏休みの思い出 VW タイプUバス (ホンウェル)
私が子供のころ、わが家の夏休みの恒例行事は、家族全員で父の会社が湯河原に持っている保養所に出かけることであった。 ある夏休み会社の運転手さんのご好意により、自宅までクルマで送ってもらえることになった。 そのときのクルマが「23ウィンド・タイプU」、いわゆる「VWバス」だった。 まだ東名が無かった時代、保土ヶ谷バイパス(ワンマン道路)を通っての3時間弱のドライブは、初めての経験でもあり、大人になった今でも強烈な印象として心に刻まれている。 翌日、おもちゃ屋でアメリカREVELL社のタイプUのプラモデルを購入するも、そのころの私には手におえず、完成には至らなかった・・・。
このVWタイプUは、世界中で人気が高く、今でも数多くのモデルカーが毎年リリースされている。 実車デビュー当時のヴィーキング製1/87スケールから、最近のサンスター製1/12スケールまで本当に古今東西多種多様なモデルが存在している。
今回紹介する私のコレクションはホンウェル製の1/43モデル。 色合いが当時乗ったクルマと同じ朱色とアイボリーの2トーンカラー。 ダイキャスト製のボディにプラスティックの上屋をかぶせたものである。 以前はホンウエルから多数のバリエーションが発売されていたのだが、最近はなかなかお目にかかれなくなってきて残念。 画像に一緒に写っている1/87スケール(小さい方)はブレキナ製。 ドイツのブレキナは最近毎年のように新製品をリリースしている今後期待のメーカーである。

第4回:アレッサンドロ・ナニーニ コレクション ベネトン・フォードB188(オニクス)
F1ドライバー、アレッサンドロ=ナニーニといえば1989年鈴鹿での日本GPウィナーとして記憶されている方も多いだろう。 1990年にヘリコプター事故で手に大怪我を負い、翌年からはフェラーリかという噂も流れていたが、残念ながらF1の舞台から退くことになった。 その後、賢明なリハビリの末、レースシーンに復帰し、DTMやFIA-GTなどで大活躍をすることになる。 
鈴鹿から10数年、「アレッサンドロ・ナニーニ カフェ」がオープンの時に、幸運にもお目にかかる機会があったが、その時にはビジネスマンとして、自信に満ちた立ち振る舞いが印象的であった。 そんなこともあり、彼に関連したミニカーを気になって集めてみるとそれなりの数がコレクションに加わってきた。 実際1/87から1/18までかなりの数のアイテムがリリースされている。 特に、ミニチャンプスのアルファロメオ・DTMシリーズは人気が高く、プレミアム価格がついて手が出ないものもある。 どうしてもこの1/18・アルファロメオDTMだけは手に入れたいのだが・・・。 最近ではHPI社がリリースした『アルファロメオDTM』は素晴らしい仕上がりとなっている。
写真右のオニクス製の『ベネトン・フォードB188』は、パッケージがベネトンカラーそのもので非常にカラフル。 写真手前のものはヘルパ製の1/87『アルファロメオDTM・1996年マルティニカラー』。 写真左は京商製がコンビニで展開する1/64アルファロメオ。 そして、ミニチャンプスの『96年マルティニカラー ヘルメット』。 バックのサイン色紙は彼の姉、ジャンナのサイン。 彼女はイタリアさらにはヨーロッパでも人気の高いロック歌手。 お台場に来た折には「ナニーニ カフェ」でナニーニ自慢のエスプレッソをぜひ味わっていただきたいものだ。

第3回:テールフィンの輝き 1959 キャデラック (マイスト)
2009年7月、GM(ゼネラル・モータース)は会社更生法のもとで新GMとして再出発した。 アメリカの産業界の象徴(シンボル)として世界に君臨してきた巨大企業が、再生するか、恐竜のように表舞台から姿を消すのか、目が離せない情勢だ。
1950年代、GMは輝く存在であった。 その車たちは「ロケットのようなテールフィン」を伸ばし、うねるような「コークボトルライン」をまとい、きらめくクロームメッキで飾り立てた。 まさに、アメリカンドリームを具現化したそのものであった。 なかでも、キャデラックはGMの最高級車として、多くのセレブに愛されていた。 そしてそれは憧れの対象でもあり、まだ貧しかった日本でも高嶺の花であった。 そんなわたしもアメリカ車大好き少年のひとりで、そのスタイルのカッコよさに憧れていた。 
今回のモデルはそのスタイルの特徴であるテールフィン が極限まで高くなった「1959年キャデラック・エルドラド・コンバーチブル」。 全長33cmにもなる堂々たるマイスト製1/18モデルだ。 このモデルは長い期間にわたって作られており、全体の作りやパーツの合いも悪いのだが、リーズナブルな価格が魅力だった。 幸いなことに、まだこのモデルは手に入れられそうである。 私はこのモデルでちょっとした色の塗りかえ(インテリアの塗りわけetc.)をして遊ぼうと思っている。 今後オートアートから、おなじモデルの1/18が出る予定なのでその出来を注目していきたい。

第2回:世界中で活躍 トヨタ ランドクルーザー (モデルペット)
いまや、日本を代表する4輪駆動車、トヨタ・ランドクルーザー。 アフリカや中東、シベリアのニュース映像に映る、愛称「ランクル」に接するたびに、さまざまな条件の場所で使われているんだなぁとつくづく感じる。 今回紹介するモデルは、1960年発売の『モデルペット#04 トヨタ・ランドクルーザー』。 1955〜60にかけて作られたFJ21をモデルにしている。 ランクル20系は、1951年警察予備隊(自衛隊)向けに開発された「トヨタ・ジープ(結局、三菱製のジープを 採用)」をモデルチェンジしたもので、ほとんどが輸出にまわされ、1960年代前半までトヨタにとって北米での稼ぎ頭であったモデルだ。 
モデルペットのランクルはとてもシンプルな成り立ちながら、特にフロント廻りの造形は実車の雰囲気を良く再現した見事なものだ。 肉厚のボデーにシートはダイキャスト、さらにいさぎよくプラスティックは使われていない。 ダークグリーンのボデーに ピンクのシートの色合いはモデルらしさとおもちゃっぽさの絶妙なバランスとなっている。 このランクルの塗装は他のモデルペットに比べてかなり丈夫なようだ。 散々遊びこんでいるのに傷みがほとんどない。 スケールは「1/42」。 残念なことに箱は無い。

第1回:トヨペット・クラウン(モデルペット)
子供の頃、私のおもちゃ箱はりんごの木箱に 母がデパートの包装紙を貼ってくれたもの だった。 その中には、今だったらとても貴重な萬代屋 のクラウンやマツダの3輪車などのブリキの おもちゃ達がたくさん詰まっていた。 残念ながら、それらのおもちゃはすべて どこかに行ってしまい、残ってはいない。 テレビのお宝番組にブリキのおもちゃが 登場するたびに悔しい思いがこみ上げて くるのだ。  ここで紹介するのは国産初の本格的な スケール・ダイキャストモデルである、 モデルペット、No.1 トヨペット・ クラウンである。  モデルペットは当時の大手おもちゃ メーカー、アサヒ玩具が1959年 (昭和34年)秋に発売開始したもので ある。
ダイキャストボデー、プラスティック ウィンドー、ブリキのホイールなど現代の 精密なものに比べたら、インテリアも無く、 非常にシンプルな作りではあるけれど、 フォルムやプロポーションは実車の雰囲気を 良くとらえた、なかなかよい出来のものだ。 スケールはほんの少し大きな1/42。 カラーバリエーションがあるが私のものは ブラウンメタリック。 半世紀近く、手垢にまみれ傷つきながら私の 手元に残ったこのクラウンは、私がこれまでつれづれに集めてきたおもちゃの中でことの ほか愛着の深い「ベスト・ワン」モデルだ。

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